伽倻文化圏知識基盤造成研究

地域文化圏における歴史的アイデンティティを確立するための研究への需要に応え、蓄積された伽倻文化圏の歴史知識資料を活用し、良質の研究サービスを提供する目的で2003年「中国の石窟」を皮切りに、調査・研究結果報告書・資料集の『韓国の古代木簡』(2004年)、『韓国の古代木簡-改訂版』(2006年)、『慶尚南道の先史文化』(2006年)、『伽倻の墳墓』(2007年)、『咸安・城山山城出土の木簡』(2007年)、『慶尚南道の城郭』(2008年)、『韓国の古代木器』(2008年)、『慶尚南道の寺院跡』(2009年)、『木の中の暗号、木簡』(2009年)、『伽倻人復元研究』(2009年)を発刊した。



企画特別展「比斯伐」(2010年〜2011年)

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「比斯伐」は『三国史記』に記された昌寧地域の旧名である。今回の展示は2004年から2008年まで、国立伽倻文化財研究所が発掘調査を行った昌寧・松峴洞古墳群(史跡第81号)を中心に、昌寧地域の古墳文化を紹介するため、同研究所をはじめとし、国立金海博物館、昌寧博物館、大伽耶博物館が共同で企画・推進した。昌寧・松峴洞古墳群は校洞古墳群と同様、昌寧地域を代表する首長クラスの古墳群であり、船の形をしたクスノキの棺、皇南大塚や天馬塚など新羅の大型古墳の出土品と類似した装身具、馬具、武具類、殉葬された人骨などが見つかり、発掘当時から世界的に注目を集めてきた。

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とくに、今回復元された人骨「ソンヒョニ」をメインに、「比斯伐」、「比斯伐の支配者」、「比斯伐の人々」という3つのテーマの下、松峴洞古墳群を中心とした5~6世紀の比斯伐の歴史と文化が窺える内容となった。展示品としては松峴洞6、7、15号墳からの出土品をはじめ、桂城と校洞古墳群からの出土品、徐羅伐勢力との関係を示す皇南大塚や金冠塚の出土品など約200点が展示された。そのうち、現在保存処理が行われているため実物は見られなかったが実物大を復元・制作したクスノキの棺が展示され、展示のメインといえる「ソンヒョニ」と古代鞍復元プロジェクトの産物である鞍復元品もはじめて公開された。また、日本の植民地時代の校洞・松峴洞古墳群の発掘の様子が写っているガラス乾板写真や、当時日本に搬出された昌寧地域の出土品の写真も一緒に展示され、100年前の哀しい歴史とその中に埋もれていた昌寧の歴史を顧みるきっかけ作りを試みた。

企画特別展「比斯伐」は2010年7月から国立金海博物館での展示を皮切りに2011年まで昌寧博物館、大伽耶博物館において巡回展示が開催された。地域の歴史と文化を調査・研究・展示する機関同士の相互協力に基づいて、地域の文化遺産研究の活性化に役立つことを目標に掲げた。

image 馬帯装飾(昌寧・松峴洞7号墳)
image 金銀の装飾
image 金耳飾
image 銀製腰帯
image 三葉環頭大刀
image 銀装飾の黒漆鞍隠し
image 有蓋高杯
image 松峴洞15号墳の殉葬された人骨が露出している様子
image 松峴洞15号墳の殉葬された人骨の復元

伽倻人の復元研究(2009年)

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伽倻人の復元研究は昌寧・松峴洞古墳群15号墳に埋蔵された4躯の殉葬された人骨を対象に、2008年7月から2009年11月まで12ヶ月間実施された。古代人骨資料を総合して研究するため、考古学(国立伽倻文化財研究所)、法医学・解剖学・造形学(カトリック応用解剖研究所)、遺伝学・化学(国立文化財研究所・保存科学研究室)、物理学(韓国考古科学研究所)など、人文学と自然科学の専門家が参加した、韓国初の学際・融合研究である。

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その研究結果は「1500年前の16歳女性の生と死」という報告書として発表された。

研究結果、6世紀を前後して死亡した4人の殉葬者は、墳墓の入り口から女性-男性-女性-男性の順で埋められ、直接の死因は中毒または窒息死であり、黍や粟などの雑穀よりは米・麦・豆や肉類などを主に摂取した、比較的良好な栄養状態であったことが判明した。

墳墓の入り口の方に埋葬された女性は、左の耳に金銅耳飾をしており、後頭部の骨から 多孔性骨化過剰症が確認され、貧血のあったことが確認できた。

また、脛骨と左右のふくらはぎの骨からは生前、ふくらはぎを繰り返し酷使していたことを示す反応骨も見つかっており、歯のX-線検査と骨格の分析により、年齢は16歳と推定される。

この女性の人体の復元は、法医学と解剖学の研究成果に基づき、複製骨の製作、複製骨の組立、筋肉の復元、皮膚層の形成、シリコンの全身象の製作の順で行われたが、身長は153.5㎝と、現代の16歳の韓国人女性と比べると、下位5~25%に属する小柄であり、頚が長く、とくに腕の短い、大きく平板な顔である。

一方、二人の男性の殉葬者は同一母系血族の可能性が高く、観察されたmtDNAのハプログループは朝鮮時代の人骨と現代の韓国人にもあり、一般的には東南アジア人に広く分布しているものとして知られている。

本研究の結果、墓の主の従属関係者である近侍者が来世でも仕ることができるよう殉葬されたと推定される。また、殉葬女性が金銅耳飾を着用し、栄養状態も良好だったことから見て、殉葬者は最下層の身分ではなかったのではないかと考えられる。

本研究は人間の身体的特徴に歴史的アイデンティティを与え、人間に対する多様な理解と解釈に基づき、古代の社会と文化を幅広く復元するために企画された。

image 1.人骨の出土状態
image 2.人骨収拾作業
image 3. 骨の復元
image 4. 顔の復元
image 5. 全身復元
image 6. 全身復元
image 7. 全身復元
image 8. 全身復元

木の中の暗号、木簡(2009年)

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国立伽倻文化財研究所と国立扶余博物館が共同開催した「特別展:木の中の暗号、木簡」は1972年に慶州・雁鴨池から木簡が発見されて以来約40年間、旧王都を中心に地方の重要な拠点から出土している約500点の木簡を、実物と今までの学術研究の成果を反映して、一般公開した特別展である。展示図録である『木の中の暗号、木簡』では、百済、新羅、高麗の木簡を紹介し、中国と日本の木簡研究の現状も収録した。また、国際学術シンポジウム「古代の木簡、そして山城」を開催し、韓国の木簡研究の現況と韓国の古代の山城に関する最新の研究などを紹介した。

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image 慶州・雁鴨池
image 慶州・雁鴨池出土の木簡
image 扶余・陵山里寺址
image 扶余・陵山里寺址出土の木簡
image 扶余・双北里
image 扶余・双北里出土の木器
image 新安船
image 新安船から発見された木簡
image 咸安・城山山城
image 咸安・城山山城出土の木簡